働き者ブログ

気を抜くとすぐサボってしまう自分に自戒の念を込めて・・・

わが家の出来の悪いロボットのはなし

 

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Photo by spinster cardigan

 

ウチのデキの悪いロボット

わが家ではルンバを愛用している。ルンバとは言わずと知れた、円盤型の自走式お掃除ロボットだ。留守の間にも自分で動いて掃除してくれる中々に優れたやつだ。かれこれもう4-5年愛用しているのだが、動きを見ているとおかしい時があるのだ。埃のないところを行ったり来たりするばかりで、汚れたところを掃除してくれないのだ。

 「ちがう、ちがうよルンバ。そこじゃないって!」

「ほらもっとこっちが汚れてるから、こっちをやってよ!」

そんな主人の思いをよそに、狭い範囲を右往左往するばかり。その姿を見て「まったく。成長のない奴め…」と機械相手にすこしイラっとしてしまった。そして、それと同時に(あれ…この感情!どこかで見たことがあるぞ…)、と思い出しハッとなる。

 

 「これって成長しないアトムを罵ってサーカスに売りとばした天馬博士と同じや。。。」

 

 

天馬博士とトビオのおはなし

知らない人も居るかと思うのでざっくりと。

 

あるところに天馬博士という天才科学者がいました。天馬博士には愛するひとり息子トビオくんがいましたが、交通事故で亡くしてしまいます。悲しみに暮れ、なかば狂乱のなか博士は息子のトビオそっくりにロボットを作り上げます。科学の粋を集め素晴らしい性能をもって誕生した新生トビオ。博士もそれを大いに気に入り、息子を失ったキズは癒されるかの様によう見えました。しかし、博士があることに気づき事態は一転します。

「このトビオはいつまでも 大 き く な ら な い…」

そう、中身はロボットであるため当然、身長が伸びない(成長しない)のです。そしてそれが許せない博士はトビオを虐げるようになります。

「お前はただの人形じゃないか!!!」

暴力を振るい罵声を浴びせ、ついにはトビオはサーカス団へ売りとばしてしまいます。売られたトビオにサーカス団でつけられた名前、それが「アトム」でした…。以降、アトムの冒険物語が始まります。(興味ある人は公式サイトをどうぞ。)

 

 

…おおー、いまの自分、この天馬博士と一緒だわ。

ルンバは電源を入れ走るたび、その都度部屋の面積・汚れを知覚し最適な掃除ルートを走行をするのだが、一方で「反復して学習し賢くなる機能」はついていない。同じ部屋の掃除を繰り返しても「よし今度からはここを重点的にやろう」と言う風には残念ながらならないのだ。

それが分かっているのに「成長のない奴めー」とメカ相手に思ってしまった。その精神構造は自分で作ったロボが大きくならないのを受け入れられない天馬博士と共通している気がする。

 

 

人間が一番ハートを揺さぶられるロボットとは?

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Photo by Jiuguang Wang

考えてみると、人間がロボットに心躍るのは「おお~この反応、人間っぽいな!」と思ったときなのではないか。工場の産業用のロボットなんかであれば、いかに大量に作れるか、人間の出来ない細かい仕事ができるのか、などがキモなのかもしれない。だが、ロボットとユーザーの距離が近くなればなるほど「いかに人間に近い動作や反応ができるか」が、心を動かす一番の要素な気がする。

江戸時代のお茶を運ぶカラクリ人形に始まり、二足歩行するホンダのアシモしかり、Siriにおもろい返しを期待するのもしかり。さらにはルンバへ成長への期待を込めるのもしかりだ(できないと分かっているのに)。 「おお、これ自然だ!本物みたい!!」と思えれば思えるほど、親しみと感動が生まれるのだ。

 

似た話で動物ロボの話を思い出したのでそれも一つ紹介。

ソニーAIBOという犬型ロボットがあった。そこのサポート部門の人と話す機会があったのだが、「動作不良をおこしてAIBOの動きがおかしくなると、動物病院に駆け込む飼い主さながらに心配し、回復を祈るオーナーがたくさんいた」という。AIBO自体がそもそも不具合が多かったようなのだが、幸か不幸かそれで動きがおかしくなる様子に、出来の悪いワンコの姿を映し出し、ハートをつかまれたユーザーが多くいたのだ。ソニー内の採算の合わない事業の中でも、とくにユーザーに愛されたプロジェクトだったそうな。

 

まとめ

まとめると、人はロボットに対し”人間や動物により近いかたちで再現されること”に喜びを感じるということか。逆にそれが再現されないときに怒りや失望になるのだ。かつては人間が到底できないような作業をするために生まれたはずの「機械」に対し、それがより人間(や動物)の姿に近づいてくことに心を動かされる。これはなかなかに興味深い。

だがそう考えていざ自分の周囲のロボット事情を見まわすと感動を超え、さらには生活に自然に溶け込むレベルになるまでにはまだもうちょっと時間がかかりそうだ。天馬博士がトビオ(アトム)を作ったのは設定では2003年。手塚先生はちょっと先読みが早かったようだ。

そんなロボットが誕生することに遠く思いを馳せながら、足元でウィンウィンしているルンバを見つめるのであった。

 

おしまい

 

 

 

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